リョウガのページ

小さな嬉しいことを発見する、今話題のことを思う

喫茶店での会話

先週の日曜日、自宅近くのドトールでコーヒーを飲んだ。

大変混んでいて店内は満席、横一列の席で、隣の二人の

会話がいやでも耳に飛び込んでくる。彼女らは50歳代で

同じ卓球のクラブ仲間。その日は試合があったようで勝敗の

話で盛り上がっていた、次いで、クラブ内の人間関係の話題

に及び〇〇さんのLINEでの文章について、「なんで上から

目線」なの。「なんで私がこんな言い方をされなくてはいけないの。」

と文章の内容よりも、その位置関係への不満が爆発の体であった。

「上から目線」は現代の世相を見るキーワードの一つだと思った。

翌日、都心のランチタイムの食堂。こちらも混雑していて、隣の

会話が筒抜けだった。中年の女性二人がおしゃべりに夢中。話題は

皇室の結婚問題のこと。随分包み隠しのない意見が乱れ飛ぶ。

色々なメディアを渉猟(しょうりょう)しているらしく、初耳の

事も多い。ランチがすんで休憩中の私も思わず耳を傾けたて納得

してしまった。聞き手を説得するには、それなりの理由と熱意が

必要なので、「人に向かって話す」ということは、話者の論理力、

話術を洗練させるものだと思う。彼女の話術には「壁に耳あり

障子に目あり」の「壁の耳」の私も説得させられてしまう力があった。

かつて、二条河原の落書き、といものがあった。室町時代建武

新政に不満を持つ子分が匿名で世間を風刺した文書である。

八五調、七五調のリズミカルな文章で、新政の落ち着かない社会情勢

がよくわかる。「此の頃都にはやる物、夜討ち強盗、謀綸旨(にせりんじ)

いつの時代も批判精神衰えない。この二条河原の落書きは全88節に及び

今ではこの時代の姿を写しとる貴重な歴史資料とされている。人は、自分の

理路を表現せずにはおられない本性をもつ。ただの感情の爆発では「批判」

とは言えない。

ドラマ「北の国から」で有名な脚本家の倉本聡は「店に入ったら壁を背にして

座る」として一章を設ける。「役者はね、壁を背にして店の中を観察していますよ。

そうしないと人の生態ってものがわからない。観察するのが見るのが役者であって

見られるのがタレントなんです。人がどのようにい生きているのが、世の中で

何が起きているのか、自分の耳と目、五感で集めた一次情報は自らの意見を作り上げる

ために必須だと思う。

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