「食べるプラスチック」トランス脂肪酸 硬化油は悪もの
こんにちは、
最近、健康に関するテレビ番組がやたらと多く感じるが、食用油も話題の一つ。オメガ3脂肪酸を含むものが良いとされている一方で、硬化油は悪ものだ。融点が低く常温では液体の不飽和脂肪酸は、水素を化学的に添加することによって、融点の高い飽和脂肪酸に変えることが可能で、常温でも固形や半固形の状態にできる。
こうした水素添加油脂ー硬化油からなるシヨートニングと呼ばれる添加物が、インスタントラーメン、パン、ケーキ、アイスクリーム、フライドポテト、クッキー、ドーナツ、コロッケ、天ぷらなど、多くの食品に使用され、風合いや食感を良くするなど、私たちの食生活を側面から支えている。
ただ、硬化油製造の過程で、トランス脂肪酸が発生し、これが脳卒中や心筋梗塞を引き起こすことが指摘されてきた。アメリカの食品医薬品局が2015年に「部分水素添加油脂」PHOs(partially hydrogenated oils)を「一般的に安全な物質としては認めない」と、その危険性を公表。その準備期間を経て2018年6月からは原則禁止とし、カナダも9月に続いた。デンマーク、スイス、台湾、シンガポールなどでは含有率に規制を行い、韓国では含有濃度の表示を義務化している。
専門的な話になるが、水素の配置が同じ側いある構造を「シス型」と呼び、自然界ではこの型の不飽和脂肪酸が圧倒的に多い。一方、「トランス型」は、炭素間の2重結合をはさんで水素の配置が反対側に位置するもので、人工的に生み出されたプラスチックなどの化学物質が自然界で分解されず、長くとどまって環境問題を引き起こすように、トランス型脂肪酸も分解されにくいため、「食べるプラスチック」などと揶揄されている。
今のところ日本人のトランス脂肪酸の摂取量は、欧米に比較すると少なく、過剰な摂取にはなっていないとして規制はしていない。日本では、まず塩分の取り過ぎなどに注意するほうが先決と考えているのかもしれない。とくに必須脂肪酸と言われるものは、過剰な摂取をしない限り、人間が生きる上で大切なものであり、亜麻仁油やえごま油などの天然なものは、積極的に摂取したほうが良いと話題になっている。
油脂や脂肪酸ってどんなもの?
- あぶらには、常温で液体のあぶら(油)と固体のあぶら(脂)があります。これをまとめて、油脂(ゆし)と呼んでいます。この油脂は、脂肪酸とグリセリンという分子からできています。この油脂や脂肪酸、グリセリン、コレステロールなどをあわせて脂質と呼んでいます。
- 脂肪酸は、炭素(C)の原子が鎖状につながった分子で、その鎖の一端に酸の性質を示すカルボキシル基(-COOH)と呼ばれる構造を持っているのが特徴です。脂肪酸は、人間のからだの細胞を作るために必要なので、食品を通してバランスよくとる必要があります。また、脂肪酸はエネルギー源としても使われます。
- 脂肪酸には、鎖の長さや炭素間の二重結合の数と位置によってたくさんの種類があり、炭素間の二重結合がない飽和脂肪酸と炭素の二重結合がある不飽和脂肪酸の2種類があります。
- グリセリンは、脂肪酸のカルボキシル基と結合することができる手を3本持っていて、グリセリンに脂肪酸が3個つながったものは「トリアシルグリセロール(またはトリグリセリド)」と呼ばれています。私たちが普段食べている油脂の成分の多くはこのトリアシルグリセロールです。エネルギー源として使われる脂肪酸は、私たちの体内でトリアシルグリセロールとして蓄えられています。健康診断の項目にある血液中の「中性脂肪」とは、このトリアシルグリセロールの血液中の濃度を測定したものです。
トランス脂肪酸ってなんだろう?
- 不飽和脂肪酸には、炭素間の二重結合のまわりの構造の違いにより、シス型とトランス型の2種類があります。
- シス(cis)とは、“同じ側の、こちら側に”という意味で、脂肪酸の場合には水素原子(H)が炭素(C)の二重結合をはさんで同じ側についていることを表しています。トランス(trans)とは、“横切って、かなたに”という意味で、脂肪酸の場合では水素原子が炭素間の二重結合をはさんでそれぞれ反対側についていることを表しています。
- 天然の不飽和脂肪酸のほとんどは、炭素間の二重結合がすべてシス(cis)型です。これに対して、トランス(trans)型の二重結合が一つ以上ある不飽和脂肪酸をまとめて「トランス脂肪酸(trans-fatty acid)」と呼んでいます。グリセリンに結合している脂肪酸の一つ以上がトランス脂肪酸である油脂を「トランス脂肪(trans fat)」といいます。
食品にはどうしてトランス脂肪酸が含まれているの?
トランス脂肪酸には、天然に食品中に含まれているものと、油脂を加工・精製する工程でできるものがあります。
天然にできるもの
- 天然の不飽和脂肪酸は、通常シス型で存在します。しかし、牛や羊などの反芻(はんすう)動物では、胃の中の微生物の働きによって、トランス脂肪酸が作られます。そのため、牛肉や羊肉、牛乳や乳製品の中には微量のトランス脂肪酸が天然に含まれています。
油脂の加工・精製でできるもの
- 常温で液体の植物油や魚油から、半固体又は固体の油脂を製造する加工技術の一つに「水素添加」があります。水素を添加することで不飽和脂肪酸の二重結合の数が減り、飽和脂肪酸の割合が増えますが、これによってトランス脂肪酸ができることがあります。
- 部分的に水素添加した油脂を用いて作られたマーガリン、ファットスプレッド、ショートニングや、それらを原材料に使ったパン、ケーキ、ドーナツなどの洋菓子、揚げ物などに、トランス脂肪酸が含まれているものがあります。
- また、植物や魚からとった油を精製する工程で、好ましくない臭いを取り除くために高温で処理することにより、油に含まれているシス型の不飽和脂肪酸からトランス脂肪酸ができることがあります。そこで、サラダ油などの精製した植物油にも、微量のトランス脂肪酸が含まれているものがあります。
トランス脂肪酸にはどんな種類があるの?
- 不飽和脂肪酸には、鎖の長さや二重結合の数と位置によって、とてもたくさんの種類があります。トランス脂肪酸も同じで、「トランス脂肪酸」という名の脂肪酸が一種類だけあるのではなく、トランス型の二重結合を持つたくさんの種類の不飽和脂肪酸をまとめてトランス脂肪酸と呼んでいます。
- 例えば、食品に含まれる主なシス型の不飽和脂肪酸と鎖の長さが同じで、かつ、炭素間の二重結合の数と位置が同じトランス脂肪酸の数は次の表のようになります。
炭素の数 | 炭素の 二重結合数 |
不飽和脂肪酸 の総数 |
シス型不飽和脂肪酸の名称と構造式 | 対応するトランス脂肪酸の数i |
---|---|---|---|---|
18 |
1 |
2 |
1 |
|
18 |
2 |
4 |
3 |
|
18 |
3iii |
8 |
7 |
|
18 |
3iii |
8 |
γ-リノレン酸 |
7 |
20 |
4 |
16 |
アラキドン酸 |
15 |
20 |
5 |
32 |
イコサペンタエン酸(EPA) |
31 |
22 |
6 |
64 |
ドコサヘキサエン酸(DHA) |
63 |
- 二重結合にはシス型・トランス型の2種類があるため、炭素の数が同じで、二重結合n個を同じ位置に持っている不飽和脂肪酸の種類は、2をn回掛けた数(2n個)だけあります。このうち二重結合がすべてシス型の不飽和脂肪酸は1個だけなので、トランス脂肪酸は不飽和脂肪酸の総数から1を引いた数である(2n-1)種類あることになります。例えば、二重結合を1つ持つシス型の不飽和脂肪酸であるオレイン酸の場合、同じ炭素数で同じ位置にトランス型の二重結合をもつものは(21-1)の1種類のみで、これはエライジン酸と呼ばれています。
- リノール酸、α‐リノレン酸は、どの文献でも、食事から摂取しなければいけない必須脂肪酸とされています。
- α-リノレン酸は炭素鎖のメチル基末端から数えて3番目、6番目、9番目に二重結合があるのに対し、γ-リノレン酸は炭素鎖のメチル基末端から数えて6番目、9番目、12番目に二重結合があります。
- トランス脂肪酸と呼ばれるものは、主なものだけでも多くの種類があることがわかります。現時点では、食品に含まれているすべてのトランス脂肪酸濃度を精確に測定できる方法は確立されていません。そのため、食品に含まれているトランス脂肪酸濃度の表示をしなければいけない国では、測定が可能なトランス脂肪酸、または主要なトランス脂肪酸の合計濃度を表示すればよいことにしています。
トランス脂肪酸が体に悪いって本当?
- 脂質は三大栄養素の一つであり、食品からとる量が少なすぎると健康リスクを高めることがあります。一方で、脂質は炭水化物(でんぷんや糖類)、たんぱく質に比べて、同じ量当たりのエネルギーが大きいため、とりすぎた場合は肥満などによる生活習慣病のリスクを高めることも知られています。そのため、世界保健機関(WHO)は、飽和脂肪酸やある種の不飽和脂肪酸について、食品からとる量の基準を定めています。
- トランス脂肪酸については、食品からとる必要がないと考えられており、むしろ、とりすぎた場合の健康への悪影響が注目されています。日常的にトランス脂肪酸を多くとりすぎている場合には、少ない場合と比較して心臓病のリスクが高まることが示されています。
- トランス脂肪酸による健康への悪影響を示す研究の多くは、脂質をとる量が多く、その結果としてトランス脂肪酸をとる量が多い欧米人を対象としたものであり、脂質をとる量が少ない日本人の場合にも同じ影響があるのかどうかは明らかではありません。
- 油脂の加工・精製でできるトランス脂肪酸と天然にあるトランス脂肪酸では、健康に及ぼす影響に違いがあるのか、また、たくさんの種類があるトランス脂肪酸の中で、どのトランス脂肪酸が健康に悪影響を及ぼすのかについては、十分な科学的情報がありません。
トランス脂肪酸の摂取量はどのくらいに抑えたらいいの?
- 国際機関が生活習慣病の予防のために開催した専門家会合(食事、栄養及び慢性疾患予防に関するWHO/FAO合同専門家会合)は、食品からとる総脂質、飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸等の目標値を2003年に公表しました。
- その中で、トランス脂肪酸の摂取量を、総エネルギー摂取量の1%に相当する量よりも少なくするよう勧告をしています。日本人が1日にとるエネルギー量の平均は約1,900 kcalであり、この1%に相当するトランス脂肪酸の量は約2グラムです。
トランス脂肪酸のとりすぎにだけ注意すればいいの?
- トランス脂肪酸を日常的にとりすぎた場合には生活習慣病になるリスクが高くなりますが、食品に含まれている栄養素には、同じようにとりすぎによって健康に悪影響を及ぼすものがあります。
- 日本人において、一番の問題と考えられているのは、食塩のとりすぎです。平成29年(2017年)の厚生労働省の調査の概要〔外部リンク〕では、日本人の1日あたりの食塩摂取量の平均は、成人男性で10.8グラム、成人女性で9.1グラムであり、これらは日本人の食事摂取基準(2015年)の目標量(1日あたり成人男性8.0グラム未満、成人女性7.0グラム未満)を超えていることが示されました。食塩をとりすぎると高血圧やがん、脳卒中のリスクが高くなることが示されており、減塩はこれらの生活習慣病の予防に有効であると考えられています。
- 人間はエネルギーを脂質、炭水化物、たんぱく質からとっています。総エネルギー摂取量のうち、脂質から得るエネルギーの割合は「脂肪エネルギー比率」と呼ばれています。この脂肪エネルギー比率が高くなると、肥満やメタボリックシンドローム、心臓病のリスクが高くなるとされています。
- 厚生労働省の調査では、平成28年(2016年)には日本人の成人男性の約3割、成人女性の約4割で、脂肪エネルギー比率が目標量(総エネルギー摂取量の20%以上30%未満)を超えていることが示されています。また、近年、脂質をとりすぎている人の割合がだんだん増えています。
- 脂肪エネルギー比率が高いと、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸のとりすぎにつながる可能性があります。トランス脂肪酸だけではなく、飽和脂肪酸などを含めた脂質のとりすぎ、食塩のとりすぎにも十分に注意してください。
日本では何をしているの?
- 農林水産省は、平成17~19年度(2005~2007年度)に実施した調査研究で、日本人が食品からとっているトランス脂肪酸の1人1日当たりの平均的な量は、0.92~0.96グラムであると推定しました。これは平均総エネルギー摂取量の0.44~0.47%に相当します。
- 食品安全委員会は、平成24年(2012年)3月に、食品に含まれるトランス脂肪酸の健康影響評価(リスク評価)の結果〔外部リンク〕を公表しました。この評価では、日本人のトランス脂肪酸の平均的な摂取量を、平均総エネルギー摂取量の約0.3%と推定しており、「日本人の大多数がエネルギー比1%未満であり、また、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」と結論しました。
- 一方、日本人でも、食事からとる脂質の量が多い場合には、トランス脂肪酸をとる量も多くなることが報告されています。食塩や脂質を控えめにし、いろいろな食品をバランスよく食べるという食生活指針の基本を守れば、トランス脂肪酸によって心臓病のリスクが高まる可能性は低いと推定されます。 農林水産省は、健やかな食生活を送るためには、トランス脂肪酸という食品中の一成分だけに着目するのではなく、現状において日本人がとりすぎの傾向にあり、生活習慣病のリスクを高めることが指摘されている脂質そのものや塩分を控えることを優先すべきと考えています。
- 最近では、日本でも食品事業者による自主的な努力によって、トランス脂肪酸の濃度がこれまでよりも低い食品が販売されています。天然にあるトランス脂肪酸を減らすのは難しいと考えられていますが、油脂の加工工程でできるトランス脂肪酸は、新たな技術を利用することで減らすことができます。食品としての好ましい品質を維持するとともに、飽和脂肪酸を増やさないようにしながら、食品事業者は油脂の加工工程でできるトランス脂肪酸をできるだけ減らすための対策を進めています。
- なお、農林水産省が、平成26-27年度に国内で流通する加工油脂や油脂を原材料とする加工食品を調査した結果、平成18-19年度に調査した結果と比較して、トランス脂肪酸の濃度が低くなったことが確認できました。
- 食品安全委員会は、食品からトランス脂肪酸をとることによる日本人の健康への影響について、「通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」としています(平成24年(2012年)3月)。日本では、食品中のトランス脂肪酸について、表示の義務や濃度に関する基準値はありません。また、トランス脂肪酸だけではなく、不飽和脂肪酸や飽和脂肪酸、コレステロールなどの他の脂質についても表示の義務や基準値はありません。
- 消費者庁は、平成23年(2011年)2月に、「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」〔外部リンク〕を公表しました。この指針では、食品事業者に対して、トランス脂肪酸を含む脂質に関する情報を自主的に開示する取組を進めるよう求めています。
- 厚生労働省は、国民の健康の維持・増進、生活習慣病の予防を目的に「日本人の食事摂取基準(2015)」〔外部リンク〕を定めています。この食事摂取基準では、脂質に関して、総脂質と飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸について目標量(※1)や目安量(※2)の基準を定めています。トランス脂肪酸については、目標量の基準を定めていません。
※1 生活習慣病の予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量。
※2 一定の栄養状態を維持するのに十分な摂取量。 - 農林水産省は、引き続き関係情報の収集・解析を行うとともに、国民の皆様が健やかな食生活を送ることができるよう、このウェブページなどを通して情報提供を行っていきます。なお、食品安全委員会は、健康影響評価の結論で、「リスク管理機関においては、今後とも日本人のトランス脂肪酸の摂取量について注視するとともに、引き続き疾病罹患リスクに係る知見を収集し、適切な情報を提供することが必要である」としています。
外国ではどんなことをしているの?
- 脂質をとる量が多い先進国の多くは、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸などを含めた脂質のとりすぎについて、生活習慣病の予防のために注意喚起を行っており、バランスのとれた健康的な食生活を推奨しています。
- 脂質やトランス脂肪酸をとる量が多く、生活習慣病が社会問題となっている国では、加工食品中の飽和脂肪酸やトランス脂肪酸の含有濃度の表示の義務付けや、部分水素添加油脂の食品への使用規制(注)、食用油脂中のトランス脂肪酸濃度の上限値を設定したりしているところがあります。
(注)米国の規制に関し、「トランス脂肪酸の食品への添加が禁止された」等の報道がありましたが、規制の対象は、その製造過程でトランス脂肪酸ができることがある“部分水素添加油脂”です。加工食品の製造工程で、トランス脂肪酸自体を食品に添加しているわけではありません。
部分水素添加油脂についてはこちらの解説をご覧下さい。 - トランス脂肪酸には多くの種類があり、そのすべての合計濃度を測定するのは難しいため、食品中のトランス脂肪酸の表示を義務づけたり、基準値を定めたりしている国では、その対象とするトランス脂肪酸の範囲を指定しています。例えば、デンマークでは、炭素の数が14から22までの油脂の加工でできるトランス脂肪酸を規制の対象としており、天然にできるものは規制の対象から除いています。
- トランス脂肪酸をとる量が少ない国々では、食品中のトランス脂肪酸について、表示の義務づけや濃度の上限値の設定は行わず、事業者に、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸の総量を自主的に低減するよう求めています。
いま、国内の食品メーカーではトランス脂肪酸の含有率の低減に取り組んでおり、海外でも水素添加ではない代替技術が開発されている。より安全性の高いものに切り替わっていくことを願うばかりである。