「北轅適楚(ほくえんてきそ)」てなに。
私は四字熟語が大好きです。
特に中国由来の四字熟語は、ます意味不明のキャッチャーな四文字で耳目を集め、その説明で納得させるという論法が非常に巧妙で面白いと思う。
例えば、「北轅適楚(ほくえんてきそ)」。
辞書によれば、「車の轅(ながえ)を北に向け、南の楚の国に行こうとする。志と行為が矛盾するたとえ」(大漢語林)で、北轍南轅、南轅北轍とも同義語。
ちなみに「轍(てつ)」は車輪の跡・わだちのこと、
「轅(えん)」は車のかじぼ棒・ながえの意味。
この熟語の由来は中国の戦国時代(紀元前5世紀~紀元前3世紀)にさかのぼる。
魏の安釐王(あんきおう)が趙の都・邯鄲(かんたん)攻略を計画していることを知った魏の家臣季梁(きりょう)が旅の最中であったのにかかわらず、急ぎ魏に引き返し、とるものも取り合えず王に謁見しいさめた。但し、ストレートに反応するのではなく、以下のようなたとえ話をした。
今帰ってくる途中で一人の男に会った。
彼は馬車を北に向けて走らせながら「楚の国に行く」と言っている。
「楚の国に行くのなら南に向かわなければならない、なぜ北へ向かっているのか、と聞くと、「この馬はとびきり上等だ」とこたえる。「旅費もたっぷりあつ」と言う。
私は「そうかもしれないが、道を間違っている」と重ねて忠告したが、「いや、良い御者がついているから大丈夫」と言ってそのまま北へ行ってしまった。
今、陛下は覇者として天下の信頼を得ようとなさっているのに、兵の強いことを頼みに領土拡のため邯鄲を攻めようとしているのは、南の楚に行こうとして逆に北に向かうようなものではありませんか。といさめたという。
このたとえ話を経済学の用語に求めれば、「合成の誤謬(fallacy of composition)」に近いかもしれない。
個々の経済主体がミクロ的に合理的な行動をとった結果、マクロ経済的には予期とは反対の結果になることをさしている。
例えば、不景気になることを懸念して消費者が消費を抑制してしまうと有効需要が減退してしまう、個別企業が経営改善のために人件費を削減すると、個人消費が減少して景気低迷を長引かせてしまう、というロジックである。
実際問題として、この「合成の誤謬」は日常的によく発生することである。
高速道路の渋滞対策は、何と言っても、高速料金を上げることであると私は思う。料金を上げれば、当然利用客が減って渋滞は少なくなるという理論。ただ、現実の政策運用面で「合成の誤謬」に基づく議論が正当に評価されるというと難しい面がある。
しかし、こと政治・外交の世界になると、現代の政治は二千年以上昔の魏の安釐王を決してわらうことはできない。平和を願っているのに、ことさらに争いごとを起こし、環境問題に対して積極的なアクションを起こせない、経済発展を願っているのに足を引っ張ることをする。
「北轅適楚(ほくえんてきそ)」はすぐれた現代的な問題だと思う。