ドキュメンタリー映画「イカロス」について。
こんにちは。
今日は、ドキュメンタリー映画「イカロス」について。
第90回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したネットフリックスオリジナルドキュメンタリー映画「イカロス」。
本作の監督であってアマチュアの自転車選手ブライアン・フォーゲルは「こういう内容になるよていではなかった」と語っています。
2017年公開のこの映画は、フォーゲルがロードレースに勝つために自らドーピングを試み、アンチ・ドーピング検査がいかに役に立たないものかを、身体を張って実験するというもの。実験にはロシア反ドーピング機関所長グリゴリー・ロドチェンコフの助けを借りていたところ、ロシアが薬物検査をパスするために独自のシステムを持っていたことが明らかになる。
こうした中、2014年ソチオリンピックで、ロシアによる国家主導でのドーピングプログラムが実施されたことがドイツの公共放送で報じられ、実験の協力者ロドチェンコフがまさにその関係者だった、という偶然が重なって生まれた作品です。
2018年ピョンチャンオリンピックでは、ロシア選手が国家に属さず個人扱いで出場したこともあり、話題に上がった。
世界アンチ・ドーピング機関(WADA)は2018年、隠ぺい工作が行なわれたモスクワの検査所に保管されている選手のすべてのデータを提供するなどの条件に、ロシアに対対する処分を解除しました。
しかし、ロシア側から提供されたデータに少なくとも数百箇所の置き換えや消去があったことがわかり、WADAのコンプライアンス審査委員会は常任理事会に対し、ロシアに厳しい処分を行なうよう勧告し、来年の東京オリンピック・パラリンピックにおいて、またしてもロシアは国家としての参加が出来なくなった。
オリンピックという国際舞台では、アスリート個人の記録への意欲とは別に、国家の威信も自ずとかかってくる。
個人の「なんとしても勝ちたい」という気持ちならまだ理解できるところもある。しかし、国のプライドのために選手が翻ろうされているのだとすれば、あまりにも悲しい。競技者は4年に1度のこの舞台を目指し、想像を絶する練習を重ねて最良のパフォーマンスを行い、それを観客が応援スする。
これ以上なにが必要なのだろうか?国家の威信は作られて不正で保たれるものではない。結果も確かに大事だが、選手の競技に対する熱い思いを国がどれだけ真摯にバックアップできるかが、真の威信といえれうのでは。
政治的背景が透けて見えると選手も観客もしらけてしまい、オリンピックのブランド価値が下がる気がするのは私だけではないと思う。
東京オリンピックをまじかに控えた今、まだ見ていない方はぜひ「イカロス」を観ていただきたいと思いますが。
いかがでしょうか。