リョウガのページ

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吉野家の牛丼の過去から学ぶ、企業が危機に陥った時は 「決断の大切さ」を・・・

今日、会社の帰りにふと、オレンジ色の看板が目に入りました。

吉野家の牛丼」です。

 

吉野家の裏メニュー&裏技】知らなかった吉野家の裏メニューまとめて全 ...

 

 

学生の頃良く食べた記憶があります。基本は並盛ですが、若いころは

大盛に卵をつけて、しょうがはただなので大量に盛って食べていました。(今も・・・)

飲食店の、今の状況が気になったのか、なぜか気になってしまいました。

今、コロナ禍の真っただ中にあるいま、企業の危機対応能力が注目されていますね。

 

そんな折、私も大好きなあの牛丼チェーン・吉野家ホールディングスの安部修仁会長の講演 「企業の危機対応」 を聞く機会を得ました。 

 

話はさかのぼって、

吉野家に危機が訪れたのは2003年。

12月24日にアメリカでBSEに感染した疑いのある牛が発見

されたことで、米国産牛肉の調達が不可能になって、吉野家

牛丼販売の休止を決定しました。

 

翌年2月11日、全国の吉野家から牛丼が消えました。・・・

 

同業他社も同じく販売中止に至りましたが、2004年秋に

すき屋はオーストラリア産牛肉を、

松屋は中国産牛肉を使用して牛丼の販売を再開しました。

だが、吉野家は再開を見送る決断をしました。

その後、吉野家が牛丼の全店舗販売再開に至ったのは、

なんと同業他社の再開から2年後の2006年9月でした。

 

この間、同業他社の業績が急回復する一方、

店の看板商品を失った吉野家は低迷が続きました。

安部氏は 「何度も試しに作ったが、(米国産牛肉)と同じ味が出来なかった。

お客様は吉野家の味を覚えている。

あの味を期待している。

同じ味でなければ再開すべきではないと決断した」と振り返った。

吉野家は、この危機に短期利益ではなく長期利益を選ぶ決断をしたのです。

同業他社が牛丼以外の商材に注力していくなか、吉野家はあくまでも

牛丼にこだわって、牛丼のサイズを 「超特盛」 「小盛」 「アタマの大盛」などに細分化して、新たな顧客を開拓していきました。

 

ASCII.jp:吉野家、牛肉が大盛の2倍「超特盛」の量、カロリーは?

 

 

その結果、吉野家の牛丼ブランドはBSE問題の収束後、さらに強固になったんです。

 

安部氏は企業が危機に陥った時には 「決断が大切」と語っています。

そして、その決断とは 

「決断を決める日に、こうしようと決めることをいうのではなく、その日までにいくつかの選択肢を用意し、そのなかから選ぶ事をいう」とし、

決断に至るまでのプロセス、選択肢の準備の重要性を説きました。

そして忘れてならないのは、

「決めたら全力でアクセルを踏む」 こと。

決断に対し、振り向かず、躊躇せず、全力で進む事。

そうすれば道は拓くと安部氏は語っています。

 

コロナ禍において、社会は大きく変化しました。

それに対応するために、企業はかつてないスピードで決断を迫られることばかりです。

時間に余裕はなくとも、方向性を決めるプロセスを大切にし、

準備を怠りなくすることで、その決断は活きてくるに違いありません。